慢性呼吸不全

慢性呼吸不全とは

慢性呼吸不全

肺での呼吸の働きは、酸素を血液に取り込み炭酸ガスを排泄することです。これが充分に働かなくなった状態が呼吸不全であり、日本では厚生省呼吸不全研究班(1981)により以下のように定義されています。

  • 1. 室内気吸入時の動脈血酸素分圧(Pao2)が60Torr以下となる呼吸障害で、このうち動脈血炭酸ガス分圧(Paco2)が45Torr以下のものをⅠ型呼吸不全、45Torrを超えるものをⅡ型呼吸不全とする。
  • 2. 慢性呼吸不全とは呼吸不全の状態が1ヶ月以上持続するものをいう。

ここで、Pao260Torrは酸素飽和度(血液中のヘモグロビンが酸素を結合している比率:Sao2)では概ね90%に相当します。

この酸素飽和度は、パルスオキシメータという指先にセンサーをつける測定器(写真)でも簡単に測ることができます。

パルスオキシメータ


慢性呼吸不全の原因疾患

日本では慢性閉塞性肺疾患(COPD)と結核後遺症が原因の多くを占めており、このほかに気管支拡張症、間質性肺炎(肺線維症)、肺癌などの肺疾患、脊椎後側彎症などの胸郭疾患、神経筋疾患などが原因となります。

呼吸不全の自覚症状

1. 息切れ

呼吸不全の代表的な自覚症状は息苦しさですが、慢性呼吸不全は徐々に進行してその状態に至ることが多いため、症状を自覚しないこともしばしばあります。しかし、多くの場合、運動をすると息切れを感じます。

その程度をあらわす分類に次のようなものがあります。

MRC息切れスケール(Medical Reseach Council dyspnea scale)

Grade0 : 息切れを感じない

Grade1 : 強い労作で息切れを感じる

Grade2 : 平地を急ぎ足で移動する、または緩やかな坂を歩いて登る時に息切れを感じる。

Grade3 : 平地歩行でも同年齢の人より歩くのが遅い、または自分のペースで平地歩行していても、息継ぎのため休む。

Grade4 : 約100ヤード(91.4m)歩行した後息継ぎのため休む、または数分間平地歩行した後息継ぎのため休む。

Grade5 : 息切れがひどくて外出が出来ない、または衣服の着脱でも息切れがする。

さらに慢性呼吸不全では肺での酸素のとりこみだけでなく酸素が利用される手足の筋肉での酸素の取り込みも低下してそのことが息切れを助長させることがあります。

また息切れは、必ずしも酸素不足によるわけではなく、酸素は充分に足りていても、呼吸がスムーズに出来ない状況でも生じます。これは例えば、健康な人でも、ストローのような細い管をくわえて呼吸をしようとすると息苦しく感じることを想像すると理解できます。

呼吸不全をきたす肺疾患では、気道が狭かったり、肺の弾力性が乏しかったり、肺が硬かったり、スムーズな呼吸を妨げる状況があり、それと酸素の取り込みの能力の低下とが組み合わさって息切れが生じます。

2. 炭酸ガスの蓄積と、その症状

血液の炭酸ガスは肺胞換気量(肺胞に出入りする空気の量)が低下すると上昇します。この関係は比較的単純で、たとえば肺胞換気量が半分になると炭酸ガスは2倍になります。つまり呼吸が小さく、あるいはその回数が少なくなりすぎると、このようなことが起こります。

通常は、炭酸ガスの量を脳が感知して呼吸の量を調節しているのでこのようなことは起こりませんが、慢性呼吸不全の患者さんが、肺炎や心不全を起こした場合や、強い睡眠薬を服用した場合などで、呼吸が弱くなると、炭酸ガスが上昇することがあります。

もともと慢性呼吸不全があってしかも炭酸ガスが高い場合、酸素を過剰に吸うことでこのようなことがおこることもあります。そのような場合に生じる症状は、頭痛、眠気、発汗、手のピクツキ、意識障害などです。炭酸ガスは麻酔薬のような作用があるので眠ってしまうのです。


慢性呼吸不全の治療

1. 低酸素に対する治療=在宅酸素療法(長期酸素療法)

病院でだけではなく、自宅でも酸素吸入を続けることが出来ます。昔はそのためには大型の酸素ボンベを設置し、配管をするなど大変でしたが、今日では、酸素濃縮器(下図左:空中の酸素を濃縮して吸入するための機器;家庭用の電気で動作する)や液体酸素供給装置を利用して、家庭でも簡単に酸素を吸入することが出来るようになりました。また外出時は携帯用の軽い酸素ボンベ(下図右)を利用することが出来ます。

酸素濃縮器

酸素ボンベ


在宅酸素療法は病状が安定した時期に
  • 1. 動脈血酸素分圧(Pao2)が55Torr以下(酸素飽和度88%以下)
  • 2. 60Torr以下(酸素飽和度90%以下)でかつ睡眠時または運動時に著しい低酸素血症を伴うもの

の1または2を満たすものが適応と定められています。

適応基準に当てはまる場合は、この治療により長生きが出来ることが証明されていますが、そのほか大切なことは、酸素を吸うことで歩くことなど行動が楽にできるようになり、生活の範囲が広がることです。

2. 高炭酸ガスに対する治療=鼻マスク式陽圧換気法(NPPV)

鼻マスク式陽圧換気法 NPPV

鼻マスク(場合によっては鼻口マスク)を介して簡便な人工呼吸器を使用し呼吸を補助する方法。夜間睡眠中などを中心に使用します。これにより夜間の炭酸ガス上昇を防ぎ、ひいては日中の炭酸ガス上昇を防ぐことが出来ます。

また炭酸ガスが蓄積するような状態のときは、呼吸をおこなうための筋肉なども疲労していることがあり、そのような筋肉を休養させることも期待されます。

3. 呼吸リハビリテーション

呼吸リハビリテーション

上述の治療で、血液の酸素や炭酸ガスの値が是正されるだけでは、必ずしも日常生活が楽になるとは限りません。呼吸リハビリは、個々の患者さんで、生活動作を妨げている要因を評価し、その結果に応じて対処します。

具体的には、日常生活動作の中での酸素吸入量の調節、運動療法、呼吸筋訓練、排痰法の指導、栄養指導などです。このようなさまざまなアプローチにより、生活の質(QOL)の向上を目指します。


当院での慢性呼吸不全への取り組み

昭和51年、福岡病院の前身の国立療養所南福岡病院は、呼吸不全についての国の基幹施設に指定されています。そして在宅酸素療法が健康保険適用になる以前からこの治療に積極的に取り組み、現在約120名の患者さんが当院で在宅酸素療法を受けられています。

在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法の導入は入院病棟と呼吸リハビリ棟と連携して個々の患者さんに応じて最適な方法で行なうことが出来ます。

当院では、現在在宅酸素療法導入や、評価のためのクリティカルパス(診療計画書)を用いてスムーズに導入評価をしています。

また、在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法の導入後も、状態の変化に応じてリハビリや酸素量の調節などを行い、リフレッシュすることが可能です。