“心”は“体の運転手”です。「症状を減らしたい」「元気になりたい」「健康を保ちたい」。そのためには、体(脳と身体)の声に耳を傾け、無理をさせすぎず、上手にいたわることが必要です。つまり、“養生”の技術が大切になります。
体が成熟しても、その体をどのように使い、どのように守るかは、経験の中で学んでいく必要があります。ここからは、心の成長を「行動の成長」として考えていきます。私たちは、健康を保つために、体の中でさまざまな調整を行っています。体温、血圧、血糖、水分、酸素、免疫反応、ホルモン分泌などは、体が生きていくために一定の範囲に保たれています。この働きをホメオスターシス、つまり恒常性維持といいます。
ホメオスターシスを保っているのは、体の中の自動調整だけではありません。私たちの「行動」も、ホメオスターシスを守るために大きな役割を果たしています。寒いときに体は交感神経を働かせ、血管を収縮させ、熱を逃がさないようにします。しかし、それだけでは不十分です。私たちは上着を着る、暖房をつける、温かい飲み物を飲む、暖かい場所に移動するという行動をとります。つまり、体内の調整と外に向かう行動が合わさって、私たちは体を守っているのです。危険を感じたときも同じです。怖い犬に出会った猫は、交感神経が高まり、心拍数や血圧が上がり、筋肉がすぐに動ける状態になります。これは「戦うか、逃げるか」という次の行動に備えるための反応です。もし体が反応しても、実際に逃げる、身を守る、距離をとるという行動がとれなければ、危険から自分を守ることはできません。行動は、ホメオスターシスを維持するための大切な出力なのです。
このことは、車の運転を考えると分かりやすいと思います。車にはエンジン、ブレーキ、ハンドル、警告灯など、多くの機能があります。しかし、どれほど性能のよい車でも、運転手が適切に操作しなければ安全には走れません。危険を見つける、速度を落とす、曲がる、止まる、周囲の車との距離をとる。これらはすべて、実際の道路状況に応じて行われる行動です。運転技術は、教科書を読んだだけでは身につきません。交通ルールを知ることは大切です。標識の意味を覚えることも必要です。運転シミュレーターや動画で学ぶことにも意味があります。しかし、それだけでは十分ではありません。実際の道路に出て、車の幅を感じ、ブレーキの効き方を体験し、歩行者や自転車の動きに注意し、雨の日や夜間の見えにくさを経験して、初めて運転は少しずつ上達していきます。
いわゆるペーパードライバーの人は、免許を持っています。運転の知識もあります。かつて教習所で練習した経験もあります。それでも、長い間実際に運転していなければ、いざ道路に出たときに緊張し、判断が遅れ、車幅感覚や速度感覚に不安が出ます。これは、知識がないからではありません。実際の経験を通した行動の更新が不足しているからです。心の成長や行動の成長も、これに似ています。私たちは頭では、「怒らない方がよい」「休んだ方がよい」「人に頼った方がよい」「考えすぎない方がよい」と分かっていることがあります。しかし、実際の場面になると、怒りをぶつけてしまう、無理をしてしまう、断れない、同じことを考え続けてしまうことがあります。これは、頭で理解することと、実際に適切な行動をとることが別だからです。現実の刺激の中で、適切な行動を選ぶ練習を積んでいく必要があります。
行動は、入力、処理、出力、結果、フィードバックという流れの中で成長します。外界から刺激が入ります。脳はその情報を受け取り、過去の経験と照らし合わせます。そして、逃げる、近づく、話す、黙る、休む、助けを求める、我慢するなどの行動を選びます。その結果として、安心、達成感、疲労、後悔、喪失感、人間関係の変化、症状の増減などが生じます。その結果を振り返り、次の行動に生かすことができれば、行動は少しずつ成長していきます。
大切なのは、行動の成長にはリアルな経験が必要だということです。頭の中で考えるだけでは、行動は十分には変わりません。バーチャルな体験や知識だけでも不十分です。実際の生活の中で、小さく試し、結果を感じ、修正することが必要です。たとえば、「疲れたら休む」と頭で理解していても、実際に仕事の途中で休憩を入れてみる経験がなければ、自分に合った休み方は分かりません。「人に頼ることが大切」と知っていても、実際に誰かに頼み、相手の反応を受け取り、自分の不安がどう変化するかを経験しなければ、頼る力は育ちません。
「行動の成長」とは、実際の生活の中で、自分の体と心の反応を確かめながら、よりよい行動を選べるようになることです。脳で考えるだけ、知識を持つことだけでは、人生の運転技術は上達しません。運転が実際の道路で上達するように、心と行動も、現実の生活の中で少しずつ育っていきます。
国立病院機構 福岡病院 心療内科 平本 哲哉
