心療内科ってなぁに? 第161回 心の成長2 “思いやり”とは?

 “心”は“体の運転手”。「症状を減らしたい」「元気になりたい」「健康を保ちたい」。そのためには、体(脳と身体)の声に耳を傾けられるようになること、そして、体(脳と身体)を大切に扱えるようになることが大切です。つまり、“養生”の技術が必要です。

 

 “思いやり”とは、相手の気持ちや大変さに気づき、その人を大切にしたいと思って関わることです。

 

 ただ親切にすること、やさしい言葉をかけることだけが、思いやりではありません。思いやりには、その人の立場や苦労、言葉にならないつらさを想像しようとする心の働きが含まれています。目に見えている行動の奥にあるものに気づこうとすること、それが思いやりの始まりなのだと思います。

 

 人は、自分が経験したことについては想像しやすいものです。自分が疲れて何もできなかった経験があれば、疲れている人のしんどさがわかります。料理をしたことがあれば、毎日食事を作ることがどれだけ大変かがわかります。掃除をしたことがあれば、きれいな環境を保つために、どれほどの手間と気力が必要かがわかります。反対に、自分が経験したことのない苦労については、頭では理解したつもりでも、実感としてはなかなかつかみにくいことがあります。

 

 だから思いやりとは、単なる性格のよしあしではなく、経験によって育っていく力でもあります。多くのことを体験し、自分の体や心がどう反応するかを知ることで、人の痛みや不自由さを想像する力も少しずつ育っていきます。

 

 ここで大切になるのが、自分の内側を感じ取る力です。医学や脳科学の分野では、体の内側の状態を感じ取る感覚のことを内受容感覚といいます。たとえば、疲れている、緊張している、呼吸が浅い、胸がざわざわする、空腹で力が出ない、眠くて集中できない、そんな体の内側からのサインに気づく力です。

 

 この内受容感覚は、自分の健康を守るうえでとても大切ですが、実は思いやりとも深く関係しているのではないかと思います。自分の中にある疲れや痛み、苦しさに気づける人は、他の人の苦しさにも気づきやすくなります。自分の限界を知らない人は、相手の限界にも気づきにくいことがあります。自分が無理を重ねても平気なふりをしていると、他人にも「そのくらい大丈夫でしょう」と無意識に求めてしまうことがあります。

 

 反対に、自分の体の声に耳を傾け、「今は少し休んだ方がいい」「これ以上はつらい」「緊張しているからゆっくり呼吸しよう」と感じ取れる人は、他の人にも同じように目を向けやすくなります。つまり、自分を大切に扱うことと、人を思いやることは、別々のものではなく、深いところでつながっているのだと思います。

 

 “心”は“体の運転手”です。けれども、運転手が自分の車の状態をまったく知らなければ、無理な運転を続けてしまいます。ブレーキがすり減っていても、燃料が少なくても、エンジンが熱をもっていても、それに気づかないまま走り続ければ、やがて故障してしまいます。人の心と体もそれと似ています。自分の脳と身体の状態に気づき、いたわりながら使っていくことが、健康を保つためにも、人を大切にするためにも必要なのだと思います。

 

 思いやりというと、多くの人は「相手のために何かしてあげること」を思い浮かべるかもしれません。もちろんそれも大切です。けれども本当の思いやりは、単に何かを与えることではなく、相手の状態を想像し、その人にとって何がよいかを考えて関わることです。ときには励ますことが思いやりになりますし、ときには無理をさせず休ませることが思いやりになります。すぐに助言するのではなく、まず話を聴くことが思いやりになることもあります。つまり思いやりとは、「これをすれば正しい」という一つの型ではなく、相手をよく見て、よく感じて、関わり方を選ぶ力でもあります。

 

 そして、その力を育てるためには、自分自身の感覚を育てることも大切です。自分は今どう感じているのか。何がつらいのか。どんなときに安心し、どんなときに苦しくなるのか。そうしたことに少しずつ気づけるようになると、他の人の見えない苦労にも心を向けやすくなります。

 

 思いやりは、特別な才能ではありません。生まれつき備わった一部の人だけのものでもありません。日々の暮らしの中で、自分の体と心の声に耳を傾け、人の苦労に触れ、さまざまな経験を重ねる中で、少しずつ育っていくものです。

 

 思いやりとは、相手の大変さや気持ちを想像し、その人を大切にしたいと願って関わることです。そしてその土台には、自分の内側に気づく力、すなわち自分の心身を感じ取り、大切に扱おうとする姿勢があるのだと感じます。

 

国立病院機構 福岡病院 心療内科 平本 哲哉