心療内科ってなぁに? 第163回 心の成長3 “思いやり”の育て方

 “心”は“体の運転手”。「症状を減らしたい」「元気になりたい」「健康を保ちたい」。そのためには、体(脳と身体)の声に耳を傾け、無理をさせすぎず、上手にいたわることが必要です。つまり、“養生”の技術が大切になります。

 

 「どうしたら“思いやり”を育てられるのでしょうか」「どうしたら人を思いやれるようになるのでしょうか」と質問されることがあります。私は、そのためには「多くのことを経験することが大切です」とお伝えしています。経験値が増えることで、人を思いやる力も育っていくからです。

 

 日々の暮らしの中で、「今日は特に何もなかった」と思う日でも、少し意識を向けてみると、実はたくさんのことを経験していると気づけます。

 

 家の中を清潔に保つという日々の営みも、その一つです。多くの人が掃除をしていますが、その経験の中にも、“思いやり”を育てる学びがあります。

 

 たとえば、トイレ掃除をしたことがない人は、トイレ掃除がどれほど大変かを実感することができません。海外では、「掃除はほかの人の仕事だ」「その仕事を奪ってはいけない」といった考えを聞くこともあります。たしかに、仕事という視点から見れば、そのような考え方も成り立つでしょう。

 

 しかし、「心の成長」という視点で見ると、また別の見方ができます。

 掃除が仕事として成り立つのは、掃除が大変であり、自分で行うには時間や余裕が足りないために、他の人にお金を払って担ってもらっているからです。だからといって、「お金を払っているのだから、その人がやるべきだ」という考え方になるわけではありません。もし、その発想のまま「自分は掃除をしなくてもよい」と考え、ずっと自分で掃除をしないのであれば、人を思いやる力は育ちにくいままです。

 

 自分で体験してはじめてわかることがあります。手を動かし、体を使い、ときには疲れや面倒くささを感じることで、その作業の大変さが実感としてわかるようになります。そうした経験は、自分の中に起こる反応に気づくことにもつながります。つまり、「ああ、これは思ったより疲れる」「こういう作業は意外と気力がいる」と、自分の内側の反応を知ることにもなります。このような気づきの積み重ねが、自分をいたわることにも、人を思いやることにもつながっていくのだと思います。

 

 私は外来で、衣食住に関すること、そして自分の体と心を保つために必要な環境を整えることは、できるだけ自分でも行えるようになりましょう、とお伝えしています。

 

衣服

衣服そのものを自分で作ることは難しくても、洗濯をすることはできます。洗濯機を回し、干して、たたむ。その経験の中で、日の光の大切さ、水のありがたさ、電気の便利さにも気づけるようになります。

自分で食材を育てたり採ったりすることは難しくても、料理や後片づけをすることはできます。食材を切り、味つけを考えながら調理し、食べ終わったら食器を洗って片づける。その経験を通して、料理の難しさ、毎日続ける大変さ、準備や後片づけまで含めて食事が成り立っていることを学びます。そうした経験は、毎日料理をしてくれる人への感謝や思いやる力にもつながります。可能であれば、食材を自分で育てたり、採ったりする経験もよいでしょう。お金を出せばすぐ手に入るように見える食材も、実際には多くの人の努力と自然の恵みによって支えられていることに気づけるようになります。

自分で家を建てることは難しくても、出したものを片づけることはできます。可能であれば、キャンプに行ってテントを張ったり、箸や皿を自分で工夫して使ってみたりする経験もよいでしょう。そうした体験を重ねることで、家が自然災害や寒暖差、動物などの脅威から私たちを守ってくれていることを実感できるようになります。

 

 “思いやり”“人を思いやる力”“自然への感謝の気持ち”を育てるためには、自分で体験することが何より大切です。

 

 あることを「やりたくない」「苦手だ」と感じる人もいるでしょう。けれども、その“苦手”の中にこそ、心の成長につながる入り口があることがあります。苦手なことに少しずつ取り組み、経験を重ねていくことで、その大変さや難しさがわかるようになります。そして、それがわかったとき、人を思いやる力もまた育っていくのだと思います。

 

 また、その過程で大切なのは、ただ我慢して無理をすることではありません。自分がどこで疲れるのか、どこでつらくなるのか、どこまでなら頑張れて、どこからは休んだほうがよいのかを感じ取ることです。こうした感覚は、自分を守るためにも必要ですが、同時に、他の人の限界や苦労を想像するためにも大切です。

 

 思いやりは、頭で理解するだけでは十分ではありません。自分で感じ、自分で動き、自分で経験する中で、少しずつ育っていくものです。自分の体と心の声に耳を傾けながら暮らすこと、そして日々の営みを自分の手で経験していくこと、その積み重ねが、自分を大切にする力となり、人を思いやる力にもなっていくのだと思います。

 

国立病院機構 福岡病院 心療内科 平本 哲哉