第4週は、衣食住、医食農+園芸についての話題です。
春になり、暖かくなって雨が降ると、草木がいっせいに芽吹いてきます。冬の間は静かだった土の中から、待っていましたとばかりに、いろいろな草が顔を出します。庭や花壇を見ていると、「ああ、今年も草刈りのシーズンが来たな」と感じます。草刈りや草取りは、いっぺんに行おうとすると大変です。少しきれいになると、つい「あそこも、ここも」と手を出したくなります。しかし、長く続けるためには、少しずつ手を入れることが大切なのかなと思います。無理をせず、10分だけ、今日はここだけ、と決めておく。そのくらいの方が、かえって続くようです。作業をしていると、頭が空っぽになり、よい気分転換にもなります。
4月から5月にかけて、ドクダミを整理していました。じめじめしたところに生えるドクダミは、独特のにおいがあります。また、根っこを少しでも残すと、そこからまた広がっていきます。そのため、園芸をしている人からは、少し煙たがられている存在かもしれません。正面の花壇は日陰が多く、一面にドクダミが広がっていました。今でも、クリスマスローズの周辺にはドクダミが出てきます。そこで、少しずつ整理することにしました。

「朝、通勤したら10分間、ドクダミを抜くぞ!」そう決めて、毎朝少しずつ作業を始めました。最初は、数が多くて本当にできるかなと思いました。しかし、昨年から草を引いていたおかげか、土がだいぶ柔らかくなっていました。三角棒で少し掘ると、根っこからピピピッと抜けてくれます。根が途中で切れずに、すっと抜けた時には、ちょっとした達成感があります。草を抜いた場所が少しずつきれいになると、自分の陣地が増えたような気持ちになります。昨日よりも少し広くなった。ここまで進んだ。そんな小さな変化がうれしくて、思ったほど苦にならず作業を続けることができました。

少し掘り起こすと、根っこからピピピッと抜けてくれます。
うまく抜けるとちょっとした達成感があります。
ドクダミを抜いていると、面白いことに気が付きました。柔らかい黒い腐葉土と、固い黄色い土との間に、ドクダミの根が広がっているのです。根は、黄色い土の中にも少し入り込んでいました。ドクダミは、湿った半日陰や、有機物の多い土を好むといわれます。また、やや酸性に傾いた土でもよく育つようです。ドクダミは「ここは湿っていますよ」「少し日陰が多いですよ」「土がまだ固いところがありますよ」と、その場所の状態を教えてくれている草なのかもしれません。そう考えると、ドクダミを見る目が少し変わります。ただの邪魔な草ではなく、土の状態を知らせてくれる存在。根を張り、葉を落とし、少しずつ土に関わっている植物。もちろん、花壇では増えすぎると困ります。しかし、そこに生えている理由を考えてみると、ただ嫌って抜くだけではなく、「この土は今、どんな状態なのだろう」と考えるきっかけになります。
ふと、「風の谷のナウシカ」に出てくる腐海の木々を思い出しました。一見すると人にとって厄介で、近寄りがたい存在に見えるものが、実は世界を浄化し、次の命が育つ準備をしている。ドクダミも、もしかすると同じように、固くなった土や湿った土に根を伸ばし、少しずつ土の状態に関わっているのかもしれません。もちろん、これは草取りをしながらの私の妄想です。でも、そう考えると、作業は単なる草取りではなく、土との対話のようになってきます。抜く草もあれば、残す草もある。全部を敵にするのではなく、その場所に合う形に整えていく。庭づくりも、人の体や心の整え方に少し似ているのかもしれません。
そんなこんなで、写真のようになりました。これから、ここに刈った枯草を敷こうと計画しています。枯草を敷くと、土の乾燥を防ぎ、また少しずつ分解されて土に戻っていきます。その上で、千日紅やヒマワリなど、夏から秋にかけて咲く草花を植えると、きれいになるのではないかと思っています。さて、どうなるでしょうか。思った通りにいくかもしれませんし、また別の草が出てくるかもしれません。それも含めて楽しみです。皆さん、ぜひ見に来て確認してくださいね。

まだ残っていますが、ずいぶんきれいになりましたね。
最後に、一つ注意があります。受診される患者さんの病気が悪くなるきっかけとして、私が診療の中でよく感じるものに、「草刈り」と「孫の世話」があります。どちらも、悪いことではありません。むしろ、生活の中では大切なことです。草刈りをすれば庭や畑がきれいになりますし、孫の世話はうれしく、楽しい時間でもあります。しかし、病気が生じたり悪化したりするときには、その前にこれらを頑張りすぎて、疲れてへとへとになっていることが多いように感じます。
草刈りは、始めると止まらなくなります。「ここだけ」と思って始めても、「あそこも少し」「もう少しだけ」と続けてしまいます。気が付くと、汗をかき、足腰が重くなり、体力をかなり消耗しています。孫の世話も同じです。最初は楽しいものです。しかし、子どものエネルギーは本当に大きいです。走る、話す、遊ぶ、抱っこを求める。大人はそれに応えようとして、知らないうちに自分の余力を使い切ってしまいます。特に3日以上続くと、へとへとになってしまう方も少なくありません。
「若い頃みたいにはできないわね」患者さんから、そういう言葉をよく聞きます。これは寂しい言葉ではなく、今の体に合わせた生活の仕方を見つけるための、大切な気づきなのだと思います。草刈りも、孫の世話も、大切で楽しいことです。だからこそ、続けるためには、少し余力を残すことが大切です。「10分だけ」「今日はここまで」「少し疲れる前に休む」。そのくらいで止める勇気も、体を守る大切な知恵です。
皆さんも、どうぞ気を付けてくださいね。
国立病院機構 福岡病院 心療内科 平本 哲哉
